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ドクターヘリの搬送事例
ドクターへリ搬送事例
耕耘機のハンドルとビニールハウスの鉄パイプに頸部を挟まれ宙づりにされた状態で発見された事例
72歳男性。13:30分頃から、ビニールハウスを耕していてハウスの鉄パイプと耕耘機のハンドルの間に首付近を挟まれ、宙吊りになっているのを 14:06に発見される。耕運機の車輪はまだ後進しようとして空回りしていた状態であった。発見者が前進に切り換えると患者はバタリと落ちたが、体動はなく、意識もなかった。ただし自発呼吸はしていたとのこと。
救急車が14:24現場に到着し、受傷機転と患者の状態から14:28にドクターヘリ要請。14:40 現着。自発呼吸は認めたが、意識障害がJCS200であったため、救急車内で気管挿管した後にドクターヘリへ収容し救命センターへと搬送した。要請時「首を挟まれて意識レベル300」と言う情報のみで出動したため、どんな受傷機転なのか、呼吸はあるのだろうか・・・と心配していた。農村地帯ならではの受傷機転で、現場の状態からは、良くて植物状態だろう・・・と思ったが、結果的に意識状態は完全にクリアとなり、圧迫による軽度の末梢神経障害を残すのみとなって退院したのには驚かされた。
事後の調査で宙づりの時間は5分程度であった可能性が大きいとわかったが、救急車搬送では病院まで時間のかかる場所であったためドクターヘリが出動し現場から少しでも早く確実な気道確保し、適切な換気を行いながら搬送したことも良好な経過に寄与したと考えられる。
久留米大学病院ホームページより
交通事故による現場出動にて、負傷者3名の症例
救急現場より「軽自動車がトラックの側面に衝突?傷病者はハンドルと座席に挟まれ車内に閉じ込められている」とドクターヘリが要請される。ヘリで向かっている途中、「傷病者は車内から救出され、ヘリポートへ向かっている」との情報が入る。
ヘリポートに到着し、急いで救急車内へ駆け込むと、なんと中に3人の傷病者(60代女性、40代女性、1ヶ月乳児)が収容されていました。乳児は救急隊員に抱かれており、顔面にチアノーゼを認めましたが、体を刺激すると啼泣し、チアノーゼも消失し、四肢の動きもありました。40代女性(児の母)は仰臥位で意識レベルJCS10でしたが他のバイタルサインは安定していた。
そして60代女性は仰臥位で、意識清明でしたが、呼吸困難を訴え、左前胸部の奇異呼吸を認めた(皮下気腫はなし)。口腔内の出血も認め、咽喉頭部ゴロゴロ音が聴取され、胸部聴診では左呼吸音の雑音が著明でした。肺挫傷、左肋骨骨折に伴うフレイルチェスト、気道出血を疑い、緊張性気胸の可能性を常に考慮した。末梢静脈確保、気管挿管を行い、呼吸音を確認し、緊張性気胸の増悪を考慮しながら、ただちに左胸腔ドレナージを行った。試験穿刺でairの抜ける音がしたため、気胸は存在していたと判断し、持続吸引を開始した。
ヘリへ収容しようと備品を整理しているところ突然の徐脈から心静止となった。エピネフリンに反応がないため、ヘリによる搬送は困難と判断し、CPRを継続し、最も近い総合病院へそのまま救急車に同乗して搬送した。処置室で総合病院の外科医と左開胸を行い、胸腔ドレーンチューブの部位を確認したが、大血管、心臓、肺を傷つけた形跡はなく、心肺停止の原因は、画像検査で判明した骨盤骨折、左大腿骨脱臼骨折、右上腕骨骨折と左多発肋骨骨折および肺挫傷による出血性ショックと、肺挫傷に伴う気道出血(挿管チューブから噴出する多量の出血)による低酸素症によるものと判断した。
ドクターヘリ現場出動では傷病者は1名であるとは限らず、迅速なトリアージと処置を的確にこなさなければなりません。幸い40代女性と1ヶ月乳児の親子は命に別状はなかったのですが、初診時にはまだ会話が可能であった60代女性の突然のCPAについては本当に残念であり、この女性の「苦しい~苦しい」という声は今でも忘れられない。要請数の増加に伴い、今回のように非常に厳しい現場症例も増えてくることが予想され、フライト救急医として今後もなお一層の努力を続けていきたいと思います。
久留米大学病院ホームページより
誤って池に転落した子供を救出
2008年(平成20年)1月2日、愛知県東部の町で当時3歳の男児が誤って池に転落し、息子がいない事に気付いた父親が救出した時には既に心肺停止状態だったという事故が発生した。男児の伯母が救急車を呼び、それまでの間、家族は消防本部からの指示で心肺蘇生を施していた。やがて救急車が到着し、深刻な症状に陥ってる事を察した救急隊員が消防本部に対してドクターヘリの出動を要請したが、愛知県内のドクターヘリは別の患者の発生により出動していたために要請できなかったため、消防本部が静岡県の聖隷三方原病院にドクターヘリの出動を要請した。男児は救急車に乗せられて、ドクターヘリとの合流地点であるヘリポートからドクターヘリに収容された後、静岡市の県立こども病院へ搬送され、一命を取り留めた(同年9月23日にテレビ朝日系列で放送された学べる!!ニュースショー!より)。
右腕切断の危機を免れる
北海道南幌町 吉原富志子さん
冬も真っただ中の2003年2月、会社の工場で、工事用の糊をつくる作業中、材料をかくはんする機械に、右腕を巻き込まれ、切断の危機に。
会社の人が連絡してくれ、救急車が駆け付けてくれましたが、消防隊員たちが状態を見て、一刻の猶予もならないと判断したのでしょう。当時、まだ試験運航中だったドクターヘリを呼んでくれたのです。
到着した札幌市の手稲渓仁会病院では用意が整っており、即刻、手術室に入れられました。5時間にもわたる大手術になり術後、医師からは「処置するのが遅くて細胞が死んでしまっていたら、腕はつながらなかった」と言われました。
その後、2度の手術を受け、リハビリにも取り組んで、3年たった昨年2月には、極端に重い物を持つこと以外は、以前と全く変わらないまでに回復することができました。
医療体制が整っていない地方には、ドクターヘリは絶対に欠かせないと思います。
息子の腎臓損傷の大けが救う
東京都板橋区 中川郁代さん
今年3月まで、千葉県市川市に在住。昨年(2006年)1月、当時小学6年生だった息子が、体育の授業中、7段の跳び箱から転落し、落ちた衝撃で左側の腎臓を損傷する大けがを負う。
学校から連絡を受けた私は、すぐに学校に駆け付けました。激痛に耐える息子の光世の姿を見て、尋常でない ことはすぐに分かりました。現場にいた救急隊員によると、腎臓の損傷は激しく、内出血によるショック状態であり、近くの病院では対応しきれない一刻を争う 容体とのこと。その時、救急隊員がドクターヘリを呼んでくれたのです。
光世は日本医科大学千葉北総病院に搬送されました。医師たちが懸命に処置に当たってくれ、幸い緊急手術をすることもなく、2週間の入院で無事退院できました。これもドクターヘリで、迅速に病院に搬送されたおかげです。
その後、1カ月くらい自宅で療養しましたが、小学校の卒業式にも無事出席。現在は東京都板橋区の中学校に元気いっぱい通っています。
乳児の突然の異変にも迅速対応
静岡県裾野市 青木由喜枝さん
先天性の心臓病を持つ三男に、2004年6月、突然の異変が発生。
生後3カ月の慧斗は、苦しそうな呼吸をしてミルクも飲めなくなってしまいました。定期的に通院していた順 天堂大学医学部附属静岡病院に電話した後、救急車を呼びましたが、同病院までは道路が空いていても90分はかかります。「こんな状態で車に乗せて大丈夫 か」と不安でした。
そんな私たち親子に救急隊員の方が「ドクターヘリを呼びますから安心してください」と声をかけてくださいました。ドクターヘリは、10分ほどで病院に到着。あまりのスピードに、びっくりしました。
病院では、体内に何らかの菌が侵入したことが原因ということで、すぐに治療してくださいました。その後、6カ月の時に手術し、心臓の穴をふさぎました。
慧斗は今3歳。すっかり元気になり、今では1年に1回程度の通院です。不安を安心に変えてくれたドクターヘリに心から感謝しています。

